過失認定と結果回避可能性
杏林大学病院で、医師が男の子の喉に刺さっていた割り箸に気づかなかった、という事件がありました。
刑事裁判では「過失はあるけど、気づいたとしても助からなかったので無罪」という判決を下しました。(一審)
「えっ、過失があるのなら業務上過失致死罪じゃないの?」と思うかもしれませんが、刑法において過失認定には結果回避可能性というものが重要な役割を果たします。
簡単に言えば、ほぼ絶対防げなかったのであれば罪に問わないということです。
刑法の趣旨は社会の秩序維持である、という立場なら妥当な判断基準です。
国家の強制力によって個人の財産や自由、生命を侵害するものですから、謙抑的に適用すべきです。
今回の事件で絶対に防げなかったかどうかは知りませんが、本当に防げなかったとしたらこの判決は妥当だと思います。
問題は民事裁判。
民法は謙抑的に働かせる必要はありません。対等な個人と個人というものを想定していますから。
むしろ当事者の公平を積極的に追求、事件に介入していくべきものです。
なら民事裁判では原告勝訴で損害賠償してもらえたのか、というと結果は反対、原告の敗訴です。
どうも病院側に過失はなかったと判断したそうです。
より慎重に、謙抑的でなければいけない刑事事件では過失が認定されたのにどうして民事裁判で過失認定されなかったのでしょうか。
思うに、刑事裁判の過失認定って一種のリップサービスだったんじゃないでしょうか。
結局無罪にするんだから最大限に譲歩したカタチで判決を下す。
「あとは民事で考えて」と丸投げ。
過失について考えなくても結果回避可能性がないのだから結論は妥当、という立場。
で、民事裁判でしっかり吟味して「過失なし」と判断したのかもしれない。
だとしたら・・・残酷・・・。
刑事で期待させといて民事で落とす。
また考えすぎかもしれませんねぇ。
でも純粋に考えて「過失なし」とは言えないと思う。
「プロ」が気づかなかったってのは過失推定働くだろ。
民事の判決はせめて、過失を認めた上で請求棄却して欲しかった、というか棄却するならそういう方法で納得させて欲しかったです。